御文章

唯能常称章 三帖目 第六通

唯能常称章 三帖目 第六通

本文  それ南無阿弥陀仏と申すはいかなるこころぞなれば、まづ南無」といふ二字は、帰命と発願回向とのふたつのこころなり。また「南無」といふは願なり、「阿弥陀仏」といふは行なり。されば雑行雑善をなげすてて専修専念に弥陀如来をたのみたてまつりて、たすけたまへ ...

本文  それ南無阿弥陀仏と申すはいかなるこころぞなれば、ま ...

三首詠歌章 四帖目 第四通

三首詠歌章 四帖目 第四通

本文  それ、秋も去り春も去りて、年月を送ること、昨日も過ぎ今日も過ぐ。いつのまにかは年老のつもるらんともおぼえずしらざりき。しかるにそのうちには、さりとも、あるいは花鳥風月のあそびにもまじはりつらん。また歓楽苦痛の悲喜にもあひはんべりつらんなれども、 ...

本文  それ、秋も去り春も去りて、年月を送ること、昨日も過 ...

大坂建立章 四帖目 第十五通

大坂建立章 四帖目 第十五通

本文  そもそも、当国摂州東成郡生玉の庄内大坂といふ在所は、往古よりいかなる約束のありけるにや、さんぬる明応第五の秋下旬のころより、かりそめながらこの在所をみそめしより、すでにかたのごとく一宇の坊舎を建立せしめ、当年ははやすでに三年の星霜をへたりき。こ ...

本文  そもそも、当国摂州東成郡生玉の庄内大坂といふ在所は ...

機法一体章 四帖目 第十一通

機法一体章 四帖目 第十一通

本文  南無阿弥陀仏と申すはいかなる心にて候ふや。しかればなにと弥陀をたのみて報土往生をばとぐべく候ふやらん。 これを心得べきやうは、まづ南無阿弥陀仏の六字のすがたをよくよく心得わけて、弥陀をばたのむべし。そもそも南無阿弥陀仏の体は、すなはちわれら衆生 ...

本文  南無阿弥陀仏と申すはいかなる心にて候ふや。しかれば ...

毎月両度の章 四帖目 第十二通

毎月両度の章 四帖目 第十二通

本文  そもそも、毎月両度の寄り合いの由来は何のためぞといふに、さらに他のことにあらず自身の往生極楽の信心獲得のためなるが故なり。しかれば往古より今にいたるまでも、毎月の寄り合いといふことは、何処にもこれありといへども、さらに信心の沙汰とては、かつても ...

本文  そもそも、毎月両度の寄り合いの由来は何のためぞとい ...

孟夏仲旬章 四帖目 第十三通

孟夏仲旬章 四帖目 第十三通

本文  それ、秋去り春去り、すでに当年は明応第七孟夏仲旬ごろになりぬれば、予が年齢つもりて八十四歳ぞかし。しかるに当年にかぎりて、ことのほか病気にをかさるるあひだ、耳目・手足・身体こころやすからざるあひだ、これしかしながら業病のいたりなり。または往生極 ...

本文  それ、秋去り春去り、すでに当年は明応第七孟夏仲旬ご ...

一流安心章 四帖目 第十四通

一流安心章 四帖目 第十四通

本文  一流安心の体といふ事。 南無阿弥陀仏のすがたなりとしるべし。この六字を善導大師釈していはく、「言南無者即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者即是其行 以斯義故必得往生」といへり。 まづ「南無」といふ二字は、すなはち帰命といふこころなり。「帰命 ...

本文  一流安心の体といふ事。 南無阿弥陀仏のすがたなりと ...

末代無智章 五帖目 第一通

末代無智章 五帖目 第一通

本文  末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏とふかくたのみまゐらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくひましますべし。 これすな ...

本文  末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころを ...

八万の法蔵章 五帖目 第二通

八万の法蔵章 五帖目 第二通

本文  それ八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。 しかれば当流のこころは、あながちにもろもろの聖教をよみ、ものをしりたりといふとも、一念の信心のいはれをしらざる人は ...

本文  それ八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を ...

男子も女人も章 五帖目 第四通

男子も女人も章 五帖目 第四通

本文  そもそも、男子も女人も罪のふかからんともがらは、諸仏の悲願をたのみても、今の時分は末代悪世なれば、諸仏の御ちからにては、なかなかかなはざる時なり。 これによりて、阿弥陀如来と申したてまつるは諸仏にすぐれて、十悪・五逆の罪人をわれたすけんといふ大 ...

本文  そもそも、男子も女人も罪のふかからんともがらは、諸 ...