歎異抄

第九条 念仏申し候へども

第九条 念仏申し候へども

〔本文〕  一 念仏申し候へども、踊躍歓喜のこころおろそかに候ふこと、またいそぎ浄土へまゐりたきこころの候はぬは、いかにと候ふべきことにて候ふやらんと、申しいれて候ひしかば、親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、 ...

〔本文〕  一 念仏申し候へども、踊躍歓喜のこころおろそか ...

第十条 念仏には無義をもつて義とす。

第十条 念仏には無義をもつて義とす。

〔本文〕  一 念仏には無義をもつて義とす。不可称不可説不可思議のゆゑにと仰せ候ひき。 〔取意〕  他力の念仏においては、自力のはからいを捨て離れたことをもって、如来の御はからいにかなったよきはからいとするのです。 何故ならば、人間の思いは ...

〔本文〕  一 念仏には無義をもつて義とす。不可称不可説不 ...

中序(第十条の後半部) そもそもかの御在生のむかし

中序(第十条の後半部) そもそもかの御在生のむかし

〔本文〕  そもそもかの御在生のむかし、おなじくこころざしをして、あゆみを遼遠の洛陽にはげまし、信をひとつにして心を当来の報土にかけしともがらは、同時に御意趣をうけたまはりしかども、そのひとびとにともなひて念仏申さるる老若、そのかずをしらずおはしますな ...

〔本文〕  そもそもかの御在生のむかし、おなじくこころざし ...

歎異編後八条、ならびに後記に引用された親鸞聖人のことば(証文)

歎異編後八条、ならびに後記に引用された親鸞聖人のことば(証文)

・第十二条  故聖人(親鸞)の仰せには、「この法をば信ずる衆生もあり、そしる衆生もあるべしと、仏説きおかせたまひたることなれば、われはすでに信じたてまつる。またひとありてそしるにて、仏説まことなりけりとしられ候ふ。しかれば往生はいよいよ一定とおもひたま ...

・第十二条  故聖人(親鸞)の仰せには、「この法をば信ずる ...

第十一条  誓願不思議を信ずるか、名号不思議を信ずるか

第十一条  誓願不思議を信ずるか、名号不思議を信ずるか

〔本文〕  一 一文不通のともがらの念仏申すにあうて、「なんぢは誓願不思議を信じて念仏申すか、また名号不思議を信ずるか」と、いひおどろかして、ふたつの不思議を子細をも分明にいひひらかずして、ひとのこころをまどはすこと、この条、かへすがへすもこころをとど ...

〔本文〕  一 一文不通のともがらの念仏申すにあうて、「な ...

第十二条 経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよし

第十二条 経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよし

〔本文〕  一 経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよしのこと。この条、すこぶる不足言の義といひつべし。 他力真実のむねをあかせるもろもろの正教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る。そのほかなにの学問かは往生の要なるべきや。まことに、このことわりに迷へ ...

〔本文〕  一 経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよし ...

第十三条 悪をおそれざるは、また本願ぼこりとて、往生かなふべからず

第十三条 悪をおそれざるは、また本願ぼこりとて、往生かなふべからず

〔本文〕  一 弥陀の本願不思議におはしませばとて、悪をおそれざるは、また本願ぼこりとて、往生かなふべからずといふこと。この条、本願を疑ふ、善悪の宿業をこころえざるなり。 よきこころのおこるも、宿善のもよほすゆゑなり、悪事のおもはれせらるるも悪業のはか ...

〔本文〕  一 弥陀の本願不思議におはしませばとて、悪をお ...

第十四条 一念に八十億劫の重罪を滅すと信ずべしといふこと

第十四条 一念に八十億劫の重罪を滅すと信ずべしといふこと

〔本文〕  一 一念に八十億劫の重罪を滅すと信ずべしといふこと。この条は、十悪・五逆の罪人、日ごろ念仏を申さずして、命終のとき、はじめて善知識のをしへにて、一念申せば八十億劫の罪を滅し、十念申せば十八十億劫の重罪を滅して往生すといへり。これは十悪・五逆 ...

〔本文〕  一 一念に八十億劫の重罪を滅すと信ずべしといふ ...

第十五条 煩悩具足の身をもつてすでにさとりをひらくといふこと

第十五条 煩悩具足の身をもつてすでにさとりをひらくといふこと

〔本文〕  一 煩悩具足の身をもつて、すでにさとりをひらくといふこと。この条もつてのほかのことに候ふ。 即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。六根清浄はまた法華一乗の所説、四安楽の行の感徳なり。これみな難行上根のつとめ、観念成就のさとりなり。来 ...

〔本文〕  一 煩悩具足の身をもつて、すでにさとりをひらく ...

第十六条 信心の行者、あしざまなることを犯しては、必ず迴心すべしということ

第十六条 信心の行者、あしざまなることを犯しては、必ず迴心すべしということ

〔本文〕  一 信心の行者、自然にはらをもたて、あしざまなることをもをかし、同朋・同侶にもあひて口論をもしては、かならず回心すべしといふこと。この条、断悪修善のここちか。 一向専修のひとにおいては、回心といふこと、ただひとたびあるべし。その回心は、日ご ...

〔本文〕  一 信心の行者、自然にはらをもたて、あしざまな ...