後書き
全体を通読してみて、内容が重複している箇所が多いのに、自分でも呆れる。しかし、著者自身、前日読んだ内容すら忘れがちであることを思えば、一度に全体を通読することのない読者には、かえって好都合かとも思い、そのままにした。
不要とも思えるものにまで振りがなを施したのは、仏教用語に不慣れな人や、読書慣れしない人の中にも、浄土真宗の教えには関心深く、<信心とは何か>についてだけは、強い関心を抱いている人もあるはずであり、そのような人にも読んで頂きたいと願ったからである。
また、親鸞聖人が『顕浄土真実教行証文類』の信の巻において述べられた内容については、敢えて差し置くことにした。 それを取り込めば、煩雑難解になるに違いないと恐れたからであり、聖人の時代には想定されなかったであろう「信ずる」「たのむ」 「まかす」などの用語法の変化を主題としたかったからである。
2023年4月 岡西法英