おつとめ・法話

悲しむあなたに

悲しむあなたに

1  山よりでかい獅子は出ぬ  「山よりでかい獅子は出ぬ」ということわざがあります。むやみな心配はするな、全力であたる心構えさえあれば道は開けるものだという意味でしょう。 人は自分の器量以上のことを、考えられないものです。喜びも悲しみも苦しみも楽しみも ...

1  山よりでかい獅子は出ぬ  「山よりでかい獅子は出ぬ」 ...

いのちの法話 あいうえお

いのちの法話 あいうえお

あ  今を生きる  生まれたものは必ず死にます。しかし、死ぬために生まれてきたのではなく、死ぬために生きているのでもありません。 未来のために現在があるのではありません。現在のために過去があったのではありません。その時の「今」こそかけがえのない「いのち ...

あ  今を生きる  生まれたものは必ず死にます。しかし、死 ...

迷いの我ら法話 ABC

迷いの我ら法話 ABC

A  苦を生きる  釈尊は説かれました。生まれることは苦であり、老いることは苦であり、病むことは苦であり、死ぬこともまた苦であると。 苦とは我が意のままにならないという意味だといわれています。なるほど、望んで生まれたわけでなく、生まれ方を選ぶことはでき ...

A  苦を生きる  釈尊は説かれました。生まれることは苦で ...

浄土からの道法話 123

浄土からの道法話 123

1  他力をわらう  「他力」といえば他人の力をあてにすること、「おまかせ」といえば他人まかせにすることと解釈するのが通例のようです。 如来も浄土も架空の存在としか思えなくなってしまった多くの現代人の心情からすれば仕方のないことかもしれません。 それに ...

1  他力をわらう  「他力」といえば他人の力をあてにする ...

とむらいの法話 イロハ

とむらいの法話 イロハ

イ  悲しみの中のいのち  このやり場のない悲しみが私一人のものでなく、あの人の、またこの人の、そして数知れぬ先人たちの背負ってきたものであったと知らされたとき、幾千億の人々が流してきた涙が、今日は我がまなこから流れ落ちているのだと気づいたとき、大いな ...

イ  悲しみの中のいのち  このやり場のない悲しみが私一人 ...

人間こそ大宇宙の珠玉

人間こそ大宇宙の珠玉

 「人身受け難し。今すでに受く。仏法聞き難し。今すでに聞く。この身、今生に向かって度せずんば、さらに何れの生に向かってかこの身を度せん」どんな聖典にも最初の方に出ている『礼讃文』のことばです。 人間に生まれたことほど大きな幸せはなかった。そしてその人間に生ま ...

 「人身受け難し。今すでに受く。仏法聞き難し。今すでに聞く。この ...

人生は不可解

人生は不可解

 記憶喪失になった人を題材にしたドラマが流行ったことがありました。それを見ていて気づいたことがあります。過去を失ったら、現在をも見失う。現在の中身が空になる。現在の意味がわからなくなる。「私は何者。ここはどこ。何故私はここに。これから何をするはずだったのやら ...

 記憶喪失になった人を題材にしたドラマが流行ったことがありました ...

人間であることの意味

人間であることの意味

 幸いなことに、私たちはその如来の智慧を教えとして聞くことができます。如来がお知りになるように知ることはできようはずもありませんが、このわたくしにかけられた如来の底無しの慈悲、果てしない願いを聞かせていただくとき、わかった知ったというのではなく、我が思いを越 ...

 幸いなことに、私たちはその如来の智慧を教えとして聞くことができ ...

いのちを見つめる智慧(成道会法話)

いのちを見つめる智慧(成道会法話)

2005年 12月8日 11時20分より 岡西法英 成道とは覚りを開くこと  成道とは覚りを開くことです。覚りを開くとは、悩みや苦しみを超える深い智慧を身につけることです。この智慧をインドの言葉ではボーディと言います。中国・日本では菩提と当て字で ...

2005年 12月8日 11時20分より 岡西法英 成道と ...

人間であること

人間であること

1999年 岡西法英 人間は生き物、苦悩の生き物  仏法は何のために人の世に現れたのか、二千五百年前のインドの話ではありません。今ここにいる私は人間である。その人間であることの意味を明らかにしようとするのが仏法なのです。 人間とは何か。人間はまず ...

1999年 岡西法英 人間は生き物、苦悩の生き物   ...